大阪の焼けのこりの一画に、いつからか上方落語や漫才の芸人たちが集った。「芸人村」と土地の人は呼んだ。長屋の二階の一室に、お千は父の半丸と暮している。父は元漫才師で、今はボテ人形造りに凝っていた。酒と女には目がない。お千はそんな父を針仕事で養っている。底抜けのお人好しである。バンドマンと一度結婚したが、死に別れた。半丸のはからいで、お千は扮装踊りの米太郎と見合いした。その頃、長屋に宗二という男が帰ってきた。彼は半丸の元の弟子で、お千の初恋の人だった。彼は商売を始めるつもりという。彼の店へお千が会いに行くと、店に女がいた。家内だといった。お千はたまらず、駈け去った。女はお妙という置引き専門の強者で、警察の目をごまかすため、強引に入りこんで一芝居していたのだ。宗二も共犯に間違われて警察へ引っぱられた。その間に、何も知らぬお千は米太郎と結婚式を挙げた。今さら...
ハヤテはダービーから除かれた。スタートに並ぶと暴れて手がつけられなくなるので出場停止をくったのだ。馬丁の平造はくやしかった。平凡な血統の中に傑出した名馬の素質を見出している平造は、若い馬丁や調教師の愛情が足りないためとその日からつきっきりで調教を始めた。スタートに立っても暴れなくなったハヤテは、やがてレースに出ることになった。今度は新進騎手の中でもっとも嘱望されている水木信吾を乗せることにした。三番手についていたハヤテは第四コーナーで一躍トップに躍り出た。しかしゴール前百米で本命のハナホマレに抜かれ、遂に最後尾となってしまった。馬主の小西は、ハヤテを売る決心をした。平造は反対し哀願したが無駄だった。平造はその夜ハヤテを汽車に乗せ、生れ故郷の大和牧場へと逃げた。この失踪は関係者をあわてさせた。次女の花枝と孫の一馬が迎えの使者に立った。“ハヤテ”と叫ぶ一...
小学生のピンちゃんに、新しいお母さんが来た。父親の日雇亀吉が怪我をしたとき、同じ日雇のツネが手伝いにき、そのまま一緒になったのだ。ツネには連れ子があり、姉の鳥子はレストランで働き、サラリーマンの井上と恋仲だ。兄の実は住込の商店員だ。ツネは暮しを助けるためチンドン屋のビラ配りになった。ピンちゃんは仲間からそれを囃し立てられ、恥かしかった。が、ツネが学校や父兄のもとへ抗議に行き、先生が職業に貴賎はない、どんな仕事でも一生懸命やる人が偉いのだと皆にさとしたので、ピンちゃんは堂々と母のことを綴方に書くまでになった。実君が主人の金二万円を落すという事件が起った。ツネはちんどん屋のコンクールに出場し、その賞品で金の返済をと思ったが、ツネがトチって落選してしまった。長屋の連中は、同情して資金カンパを始め、ツネは金を返すことができた。鳥子は転勤する井上と結婚して...
北上川の畔り、盛岡在の一高校恒例の職員慰労会が土地の料亭でひらかれる。席上、血気の本田教員は校友会費を芸者あそびに使う不当をなじって、座を蹴った。英語教師安西はその一途に社会の汚濁へ歯むかう若さにかつてのじぶんを視る思いがし、本田をわが家に伴いかえったが、話はいつしか回顧談となるのだった。--三年前、安西は妻の伸江、駿、千栄子の二人の子供とともに都営アパートに住み、兜町の証券会社に脱税事務係として勤めていた。じぶんの仕事への憤懣がある日税吏接待の席上で爆発し、社長に辞表をたたきつける。すぐ後悔したものの、もう取返しつかず、笑顔でむかえる伸江に真相を告げることもかなわなかった。ボーナス目当に約束した二輪車やお人形を、毎日子供たちに催促されるけど、退職手当も出ぬとあっては、泣きたいような思いである。彼は毎日ウソの出勤をしては職さがしに奔走した。折からの猛...
有名な牛どころ嶺岡藩では、年に一度優秀牛を将軍家に進上するしきたりがあり、献上牛の生産者には賞金と一年間免祖の名誉が与えられた。今日はその下選びの日、藩内太郎山の麓には、前年度献上牛を育てた青年五郎太、後家のおかね、豪農藤兵衛らが、各自、自慢の牛を持ちより、その数は二百頭あまりに達していた。そんなとき、牛馬の治療で暮しを立てている浪人淡島蟹右衛門や博打から女衒の真似までやってのける遊び人みすがらの紋次がやってきた。一方この牛の鑑定人久左衛門は名うての正義漢で近隣の実力者藤兵衛のいうことにも耳を傾むけようとしない。だがそんながんこ者の久左衛門も、彼をたよってきた蟹右衛門をめっぽう気にいり、村に牛医者の看板を上げさせた。だが、献上牛生産の名誉と一年間免祖による莫大な儲けを狙う藤兵衛は、藩の番頭比留田と結託して候補牛の買いしめを計り、まず手下の竜吉を使っ...