車のハンドルを握ったまま明和銀行新橋支店の入口を凝視する一人の男--彼の名は矢崎哲男。一年前、失業した彼は無性に金が欲しく神戸の交番を襲い警官から拳銃を奪って浜松OS劇場、名古屋新和銀行を襲撃、大金強奪に成功した。その金で彼は女医三千代と豪奢なアパート生活を楽しんでいた。それから一年、金を使い果した彼は明和銀行新橋支店襲撃を計画した。そして今日、まずタクシー運転手を射殺して車を奪い銀行に乗りつけたところである。しかし銀行前の派出所には三人の警官が詰めていた。矢崎は犯行を中止した。江藤隆は、この派出所に勤務する若い巡査、東北の貧農の次男坊である彼は、出世を夢みて勉強していた。一方、矢崎の狙う銀行の出納窓口には安野亮一という真面目一方の青年が勤務していた。彼は一カ月前、一人の弟を神風タクシーのために失い、それ以来沈みがちな母さとを安心させるため恋人の君子...
貴美子は、ひとり身で箱根の旅館仙楽荘を経営するくに子の一人娘だ。劇作家志水先生がつれてきた若い仏文翻訳家波多野敬一に、彼女はほのかな好意を抱いていた。そんな彼女を、亡き父の遠縁に当るお加代の一人息子で、母子で旅館を手伝っている泰治が淋しく見ていた。宮の下の旅館清風楼の息子勝則との縁談も断わって、彼女は志水先生からの上京のさそいに応じることにした。上京した母娘は芝居見物をし、夜に入って貴美子は波多野と散歩した。仙楽荘に帰ると、番頭堀川が女中のお咲を妊娠させるという事件が起っていた。二人を旅館から出して、くに子は別れの餞別を与えた。貴美子は勝則が芸者の蝶子と深い関係をもっているのを知った。しばらくしてまた志水先生が波多野をつれてきて、貴美子は波多野との愛情を確かめることができた。それを、おり悪しく泰治が聞いていた。その日から泰治は家を出てしまった。かつて...
村松友視の「時代屋の女房」は1982年上期の第87回直木賞を受賞しています。前年には、つかこうへいの「蒲田行進曲」が受賞しており、なにか80年代の時代を感じる本です。ストーリー自体は東京都品川区の大井町駅に近い大井三つ又交差点にある古道具屋が舞台になっています。映画は時代屋という骨董店を営む渡瀬恒彦が演じる「安さん」と、夏目雅子が演じる時代屋の女房、真弓」が、俗に言う「涙と笑いのストーリー」を演じており、それに加えて津川雅彦が女たらしの喫茶店マスターをやっていて、なかなかいい演技をしています(この三人が絡み合っていて、なかなかいいですね!)。映像も少し都心から離れた、寂れつつある大井町の町並みをよく表現していると思います。
午後十二時、下水工夫の木崎新二は飲み屋「ピエロ」の女給美代と別れを惜しんで仕事のために大都会の地下へもぐって行った。三年前に故郷を出て来たときの大きな夢は最早ないか、美代と一緒になれる日を唯一のたのしみにしていた。午前四時仕事を終って地上へ出て来た彼は、道ばたに酔いつぶれた男の鞄から札束の覗いているのを見て、思わずその男を殺してしまった。午前五時には警察の手配がまわった。午前七時に新二は美代を連れ出しに「ピエロ」へ現われるが、ここも追われ、午前十二時、街の顔役松田に拾われ、競争者の黒田殺害を命じられるが、自己嫌悪にかられて自動車から逃げようとし同乗の松野をピストルで射った。午後再び美代の姿を求めて「ピエロ」に現われ、美代が思わず声をあげて彼の名を呼んだことからまたしても警官に追われた。午後十二時、鳩の街で高熱に倒れそうな彼を親切に介抱した女小夜子も、...