昭和十八年--東北のある町で移動劇団の花形女優、堀真知子は新鋭技師の高宮謙一とふとしたことから知り合った。召集令状の来ていた謙一は、真知子と共に入隊前の五日間を山中湖畔にある謙一の別荘で過した。別荘を訪れた謙一の母さとじは、真知子を高宮家の嫁として迎えるのに反対だったが、表面にはださずにいた。間もなく謙一は出征した。そして真知子は女児由美子を生んだ。しかし、謙一は戦死してしまった。そのためさとじは息子の血を引く由美子を、真知子の巡業先まで追って、真知子のいないすきに連れ去ってしまった。昭和三十七年--由美子は日本の生んだ天才バイオリニストとして、パリ留学から帰国した。帰朝リサイタルを前に、由美子は母が高利貸として生きている噂を耳にした。その頃、由美子の母真知子は、女高利貸として東都金融界に名を知られていた。愛する子供を連れ去られ、激しい苦悩のはて自殺...
船場の昆布商浪花屋の一人娘多加は美しい娘だった。その上、浪花屋でのきびしい丁稚奉公に耐えている八田吾平を何くれと慰めてくれるほど心の優しい娘でもあった。吾平はたった三十五銭をにぎりしめて淡路島から大阪へ出てきたのだった。そして、船場の四つ橋のたもとで浪花屋の主人利兵衛に拾われたのである。その吾平がたった一人の肉親である母を亡くした時、多加は吾平と共に悲しんでくれた。お蔭で吾平は熱心に仕事に取り組み、異例の若さで番頭になることが出来た。そんな頃、多加は呉服問屋河島屋の跡取り吉三郎と結婚した。しかし、生来の遊び好きの吉三郎のために多加は苦労しなければならなかった。一方、吾平は番頭以上の商才を示し、主人の利兵街を驚かせるのだった。利兵衛は吾平のために、遠縁の娘千代と結婚させて、暖簾を分けて与えた。吾平の店はますます、順調に伸びていった。また、多加は、相変ら...